先月~先々月くらいに、自分はこのブログを通していくつかの打鍵計測実験を行っていました。
各タイプの単発打鍵列に対してそのミクロな速度を可視化する実験。
welame.hatenadiary.com
e-typing腕試しのワードごとのつまずきやすさを可視化する実験。(改めて見返すとあまりに調子が悪すぎるだろうと思いますが、そうした不調の分析用のサンプルとしては有効です)
welame.hatenadiary.com
ありがたいことにこれらの記事はいずれも良質なフィードバックをいただいており、次のステップとなるテーマ自体はいくつか見出しています。前者については「同じパターンを繰り返した場合の打鍵の減衰の様子」が、後者については「意図して1文目の打ち方をコントロールした場合の影響」や「速度を新たに軸にとった関係性分析」が調べるべき課題になります。
このデータ取りはたんに手を動かせば進む領域であり、進んでいないのは単に自分のリソース不足によるものです。
ただそれとは別に、今後あるべき実験の形を考えていくほど、そもそもの前提である「数値で穴になっている部分を特定し、そこを叩けばタイピングは速くなる」という定式自体になにか決定的な取りこぼしを感じてしまう部分があります。そしてその見通しの不明瞭さが、モチベーションに少なからぬ影響を与えています。
今回の記事ではその点に関して、一旦思うことを書き出してみたいと思います。
問題1:数値的アプローチは具体的な指示を与えられない
ひとつは、数値によって課題を炙り出すアプローチはその課題を具体的に解決することはできないという問題です。
初速を例にとるとわかりやすいかもしれません。Chrome拡張機能『e-typing plus』は、初速という概念を数値化し、改善すべきパラメータとしてプレイヤー達に提示したことに大きな意義があります。それはタイピング競技に革命的な影響をもたらす一手であったと思いますし、自分が実験を通して当初目指していたのもそうしたパラメータ概念の創出であったと言うことができるでしょう。
しかし競技者ならみな感じている通り、「初速が遅いので初速を伸ばせばいい」という言葉は、未だそれ自体ではまったく意味をなしていません。何がその原因であり、またどの操作によってそれを改善できるのか、まったく分からないからです。大量の試行錯誤とその結果評価を繰り返し、一人一人が個人化されたノウハウを積み上げていくことなしには、有効な結果は導き出されません。そして数値化アプローチは、このプロセスに関して基本的に何も言うことができません。一打目が遅いという表面的な「結果」を指摘することしかできないからです。
この部分を補い、本来の「適切な練習方法を特定する」というゴールに至るためには、何か根本的に違うアプローチを組み合わせる必要があります。そこに至るまでには少なくとも、
・人間が運動技能を学習するとはそもそもどういうことなのか
・それをタイピングに落とし込んだとき、人間の非言語的学習過程を誘発するような環境、また練習方針をどのように組めばよいのか
という問いになんらかの答えを出せなければなりません。色々なものを参照しながらこの部分に向き合い、ゴール地点を明確に自分の中でイメージして事に当たりたいという気持ちがあります。
問題2:要素分解的な分析は全体への視点をもたない
これと並んで、個々の部分の改善は全体の改善を保証しない、という問題もあります。
同じく初速を例にとります。これもよく言われることですが、「初速を上げればスコアは上がる」というのは、この時点ではまだ自明な主張ではありません。"他の部分になんら負の影響を与えない、あるいはデメリットを総合的に上回ることができる"という見込みがあってはじめて、この主張は真となるからです。
「PCモニターを変えて性能を上げる」という解決策は、他の部分になんら負の影響を与えないと想定できるため、疑いなく有効であると言えるでしょう。しかし「最初のアルファベットだけを分解して認識する」「いくつかのパターンに対して投機的に構える」といった他の解決策に関しては、その後の打鍵になんらかの影響を与えることは必至であり、おそらく有効であるとは言えても、それは経験則的な説明にとどまるものでしかありません。そしてこのような局所的な改善は極端なものになるほど、近視眼的な動作に陥って全体のバランスを損なうリスクが高まっていきます。
この件に関して読み込んでおきたいと思っているのが、テルさんの2020年の記事です。
https://teru-typing.hatenablog.com/entry/2020/12/13/112223#4-%E6%88%A6%E7%95%A5%E3%82%92%E7%AB%8B%E3%81%A6%E3%82%8B%E3%81%AB%E3%81%AF%E3%81%BE%E3%81%9A%E7%9B%AE%E7%9A%84%E3%82%92%E6%98%8E%E7%A2%BA%E3%81%AB
この記事ではタイプウェルを例にとり、実際のトライアルでは単語ごとにミクロな「甘え」が大量に発生している、しかしその全部を最適にしていくことは現実的でない、むしろその調整能力こそが本質である、という内容が語られています。
レベルは違えど、これは自分の最近の練習でも感じていることです。自分は数か月前の練習において「アクセルを踏みまくる」ことで速度を上げる方針を試しており、それは確かに動作改善において一定の成果を上げるものではありました。しかしそれに続く練習では、難しい動作だと経験的に分かる箇所でうまく「ブレーキを踏む」ことでも、結果的に本来加速するべき場所にリソースが回り、高いkpmが実現できることが分かってきたのです。ここでは、前者が部分改善のアプローチ、後者が全体改善のアプローチであるということができます。
「全体は部分の合計ではない」という言葉があります。要素を集めると、要素間のつながり・相互作用という観点が生じ、より状況が複雑になってくるためです。今の自分は、どちらかといえばこのハンドリングという要素を突き詰めて考えてみたいという思いが強くなっています。
「とにかく数字を測って穴になっている箇所を見つける」という現行アプローチに対して感じている違和感を、2つの観点に分けて記述しました。これらに対して自分なりの回答を持てなければ、最終的なゴールに至ることはできない気がしています。
ただ「計測出来ないものは改善できない」という金言が示す通り、数値化・可視化自体がなんらかの善い価値を及ぼすこと自体は間違いありません。イメージだけに頼って改善点を議論しようとせず、自分の打鍵を具体性を持って客観視することは、必ず求められる過程ではあると思います。なかなか大掛かりなことになってきましたが、並行してぼちぼち手がかりを探していきたいです。